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2010年01月16日

阪神淡路大震災から15年

その時、私は京都にいた。
1995年1月17日いつものとおり、朝5:30に台所の反射式のストーブに火をつけ、後少しだけ、布団の中でぬくぬくしようと、布団にもどり、うとうとしていた。
そして、5:46・・・

まるで、背中を誰かに下から突き上げられたような大きな衝撃があり、そしてあのもの凄い揺れが始まった。さっきつけたストーブの火を、何とか消さなければ、必死で這って台所へ行き消化をした。
そう、立つことが出来なかったのだ。
子供が泣き出した。「大丈夫だから?」叫びながら、茶碗や皿が飛び出ないよう、ガラス戸を押さえた。
とてもおさまりそうもない、長い時間に感じられた。
ほどなく、その揺れはおさまり、急いで玄関の扉を開けた。開いてよかった。
ふと目の前を見ると道路を挟んで向こう側の大阪府は、すべて電気が消え、真っ暗だった。
災害時には、電気、ガスがシャットダウンされるように、整備されていた。
京都府八幡市は、とりあえず、普通の生活ができた。
余震が続く中、主人は大阪へ向けて出かけていった。余震が続くたび、橋の上ではないかしら?不安になった。
ここが一番揺れていたに違いない、まだそんな状態だった。
無事だということを伝えたくても、電話が混んで使えなかった。
昼頃だったろうか、これは一体何?神戸の街が燃えている映像を目にした。
「明日神戸に水を運ぶから、水を買っておいてくれ!」やっと連絡が取れた。
何件かコンビニをまわる。数本しか手に入らなかった。
みんな、同じことを考えている。
水を届けなくては・・・

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